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【 #考えてみたシリーズ 】どうして政治は変わらないのか?どうすれば変えられるのか?

2016年3月14日【月】15時12分36秒
政治を変えるってのは、国を良い方向に変えるって意味。
どうして変わらないのかと言えば、『国民がバカだから!』とういうシンプルな答えが一つある。
民主主義とはそういうものだ。
バカな国民が、バカの中で育ったバカな政治家を選んだら、そりゃバカな政治をするに決まっているではないか。
第二次世界大戦、日本はどうして戦争をしたのか。
色々と言われているけれど、根本的に言えるのは『国民がバカだったからだ!』という事になる。
国民は戦争をどう思っていたのだろうか。
少なくとも戦前の何年かは、戦争に賛成していたのだ。
それであんな馬鹿な戦争をしたのだからハッキリと言える。
やっぱり『国民がバカだったからだ!』と。
これはあくまで結果からの判断になるので絶対とはいえない。
もしも戦争をしなかったとして、その後50年現状維持した後、別の国から世界大戦がはじまり、核の打ち合いになって地球が滅亡していた未来が有ったとしたら、『日本ナイス!日本のおかげで地球は救われた!』って話になるわけで。
ただ、もう一つの未来と比べる事はできないわけで、間違っていたという前提で話を進める。
それで、この時の国民には一応同情の余地はある。
理由は、情報が偏っていたこと。
主に情報源は新聞とラジオしかないわけで、それは偏った考えになっても仕方がない。
しっかり独自に情報収集をして賢い人もいたようだが、少数では意味が無い。
政治家に1人まともな事をいう人がいても、回りが全部バカだったら国はまともな方向には動かせないのだ。
だから、政治を良い方向に動かすには、『国民が賢くならなければならない』のである。

とは言っても、実は今も戦前とそんなに大きな違いはない。
生活が豊かになったから情報を得る手段も増えて、新聞やラジオ以外にも、テレビ、インターネット、知識という面ではしっかりした学校教育、本など色々とある。
でも残念ながら、情報を発信している側もバカな国民なのだ。
誤った情報の発信、バカの考えが国民に伝えられることに変わりはなかった。
結局、戦前から続くこの部分が変わらなければ、政治は変えられないのだ。

それでも今、インターネットという自由に情報を発信できる場ができた事で、少数の賢い人から正しい情報や考え方が発信されるようになった。
その部分だけが戦前よりもマシなところだ。
それで確かにほんの少し政治が変わり始めていると感じるけれど、どうもこれ以上は難しいと感じる何かがまだ存在する。
それを私は、放送禁止用語の中に見つける事ができた。

『気違い』という言葉が有る。
会話の中では普通に使うし、政治家だってテレビでうっかり言ってしまうくらい普通の言葉だ。
正直私は、何故この言葉が放送禁止なのかが納得できない。
差別的な発言だというけれど、どう差別なのか分からない。
ただ、感情的には分かる。
発狂されると怖いと感じるし、日本人は平穏を好む。
だからそいう人を違った目で見てしまう。
だったら天才という言葉はどうなのか。
これも差別なのか?
天才って我々には分からない信じられないことをいうから怖いし、普通ではないという意味で区別するけれど、差別とは言わない。
『気違い』も『天才』も私にとっては似たような言葉だ。

昔はどうかは知らないけれど、少なくとも今の日本では、感情的に話したり常識で理解できない行動は良い印象を持たれない。
でも、こういう人がいなかったら、明治維新はなかったのではないだろうか。
幕府をぶっ潰して新しい国を作ろうなんて、気違いテロリスト以外のなんだというのか。
天才が気違い行為をしたのが明治維新ではないのか。
確かに怖いと感じるし、平穏を望む側からすればいてほしくないと思う所もあるけれど、いないと駄目な時もあるのだ。
私は何に対してもほとんど感情的になれなくて、気違いになれる人をむしろ尊敬さえしている。
もちろんそれだけでなく、怖いとか信じられないとかそういう気持ちも湧くけれどね。
たとえ正しい事を行っていたとしても。

あなたがもしも正しい事を言っていて、回りが全部逆の事を言ったらどうなるか考えてみて欲しい。
例えば今日本が世界に向けて核ミサイルを1000発発射しようとしていて、あなたは当然反対だと言う。
でも周りの人全てに、『何を言っている!地球をぶっ壊すのが人類の為だ!』なんて言われたら、感情的に反論して当然ではないだろうか。
まあそれでも温和に反対したり、むしろ同調するのが大半の日本人かもしれないが、普通の感情表現をしているに過ぎない人を表す言葉が放送禁止になっている時点で、この国にはやっぱり簡単に政治を変えられない空気を感じる。
一応言っておくが、温和なのが悪いと言っているのではないからね。
日本はそういう人たちが多い国であると理解しておかなければならないという事だ。

私は最近インターネットから色々な情報を得て、少し考えを変えるようになってきた。
しかしその情報を出している人が極端な事を言ったり、感情的に話す姿を見て、理屈では正しい事を言っていると分かっていても、感情面でどこか間違っているように感じてしまう。
なんだろうか、非現実的に見えてしまうのだ。
冷めると言ってもいい。
そしてまだまだバカだから、分かりやすい事が正しいと思ってしまう。
なのに極端が嫌いという部分と矛盾するけれど、つまりこういう事だ。
『戦争反対!』これは分かりやすい。
『だから軍隊を持たない!攻め込まれたらそのまま殺される!』これは極端。
『だから軍隊をしっかり持つ!核も必要だ!』理屈は分かるけれどやっぱり極端。
日本人は分かりやすい事は納得するけれど、極端なものを嫌う。
気違いじみていて怖い。
極端なものに恐怖を感じる。

ではどうすればいいのか。
極端な部分を無くすか、或いは極端に見えないように工夫する事だ。
例えば『憲法改正をしよう!』って話。
おそらく普通に知識を得たら、誰もが改正は必要だと思う。
それを表に出す出さないは別にしてね。
でもここで『絶対憲法改正!』と言うと、日本人は『特に困って無いしどうでもいいじゃん?』と現状維持を望む。
極端な事を言う人に恐怖を感じ萎縮する。
『戦争をする気か!』『そんなわけないだろが!』と極端なところで話をすると、どちらも間違いと感じて現状維持に逃げる。
もちろん憲法改正に関しては、しっかり分かった上で改正案が気に入らず、反対、或いはまともなものができる気がしないから反対している人もいるだろうが、よく分かっていない人はだいたいこんな感じ。
ではどうすればいいのか。
正しい事を分かりやすく、極端な意見に感じさせない言葉と表情で伝えるなければならないのだ。

正しい意見を潰す方法として、『正しい事を頭のおかしな人が言っているように見せる』ってのがある。
そしたら、それがいくら正しい意見でも、間違っているのではと感じてしまう。
今、インターネットで結構多くの人が理屈では正しいと感じる事を言ってくれてはいるのだけれど、印象が悪くて消化しきれないのも多い。
もしも本気でなんとかしようと思うのなら、その辺りも注意するべきかもしれない。
正しい事を言っていたら、いずれそれが広がるとは思う。
でも、時間的余裕はどれほどあるのだろうか。

そんなことを考えたわけだが、これが正しいかどうかは分からない。
ただ私が考えて出した結論としては‥‥
政治が変わらないのは、バカな国民が築き上げた政治は、バカな国民では変えられないから。
政治を変える為には、国民が賢くならなければならない。
国民が賢くなるためには賢い人に教わる必要があるが、賢い人が少数である以上、国民からはどうしても気違いじみて(極端に)見えてしまい、説得力に欠けてしまう。
バカの中にいる天才は怖い人なのだ。
賢い人がそれを自覚し、上手く伝える事ができれば、政治は変えられると私は思う。

ちなみにこの記事は、正しい事を正しいと普通に判断できる人が少しでも増えるように願って書いているものですよ。
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