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行き過ぎた平等主義!個性は尊重するものではないのか?差別という言葉ある所に諍い有り!

2016年5月23日【月】10時35分12秒
私は何度も『差別』について書いています。
どうしても使い方がおかしいと思ってしまうからです。
行き過ぎた差別指定が、逆に人権を無視していると思われる事もありますね。
人々の自由は奪われ、個人の能力が無視されています。
そして『差別』という批判が出る場所では諍いが起こります。
これを言わなくなるだけで、もしかしたら諍いが大幅に減るのではないでしょうか。

差別を批判するのは、そもそもが人種差別からでした。
白人は有色人種を人間と思っていなかったのです。
しかしそれに立ち向かったのが我々日本人です。
『文明社会を持たない有色人種は人間じゃないから殺してもいい』というその頃白人が決めた常識。
それを打ち破る為に日本人は努力し、見事に白人の理屈を打ち破りました。
ただしそれが完全に無くなったかと言えば、まだまだ疑問は残るでしょう。
しかし少なくとも今では、全ての人は『猿ではなく人間』として扱うようになっています。

他にも差別は有りました。
他の民族に対するものです。
私はこの民族というものを見た目で判断できませんが、歴史をさかのぼればそれによって沢山の人が殺された歴史があります。
今もそれが続く所もあるのでしょう。
だから我々は『差別』を否定します。
人はみんな同じ人間なのだから、『殺しては駄目だ!同じ人間として扱おう!』と訴えているわけです。

差別というのは元々、『人間を人間として扱わず、人間じゃなければ殺してもいい』という事でした。
しかし今ではそれが行き過ぎて、何でも同じに扱おうとしています。
男女で見ても、人種で見ても、個人で見ても、人間には個性というものがあります。
なのにそれも無視しようと言うのです。
おかしくないでしょうか。
例えば力仕事。
みんな同じように働けと言われても人それぞれ力が違います。
だから当然、『得意な人』『能力のある人』にやってもらいたいのが仕事ですし、能力がある人はそれで貢献するというのは当たり前です。
それは義務だとも言われています。
しかし一方でそれをあたり前と考えるのは差別だと言います。
まあ本人がやりたくないことを無理にやらせるのも違うと思いますし、差別というのも分かるので強制はしません。
でもやはりできるだけやってもらおうというのも当たり前の話だと思うのです。

もしもあなたが特殊な能力を持つ世界でただ一人の人だったとします。
その能力は、ある不治の病を治せる能力でした。
その病気が世界に広がった時、人類を救えるのはあなただけです。
それでもあなたは、『私だけが治すのは差別だ!』というのでしょうか。
能力がある人がそれで人々を助けられる、社会に貢献できるにも関わらず、それを放棄していいものでしょうか。
これは極端な話ですが、役割を相応に多少強いる事は決して差別にはならないと思います。

今大切なのは、差別を無くそうとする事ではありません。
個性を尊重する事ではないでしょうか。
考え方がそもそも逆なのです。
平等を考えるのは『同じ人間として扱う』事だけでいいのです。
後はそこから、個人や個性を尊重する事が重要なのです。
女性の能力を超えたパワーを持っている人が力仕事をしたいというのなら、その気持ちを尊重します。
人種や民族、性別によってそもそも持っている優れている部分も尊重します。
無理に平等を求めるのではなく、これからは『良い所を尊重する心』が求められるのです。

『差別』という言葉が思い浮かんだら、まずはその区別される理由を考えてみる必要があるでしょう。
理由を尊重する事で、それは差別でなくなるかもしれません。
もちろん必要以上に差を付けられていると感じる場合もあると思いますし、それを否定することはできるでしょう。
ただ、人それぞれ考え方も違うわけで、とりあえずは相手の考えを尊重してみてはいかがでしょうか。
すぐに否定せずに、相手の立場に立ってじっくり考えてみてからでも遅くないと思うのです。

『平和』や『共生』を訴える人の中に、何故か『差別』を口にする人が多いです。
平和や共生には相手の考えを尊重する気持ちがとても大切です。
違う文化や価値観を持った人達が仲良くするには、その違いを認め許し合わなければいけません。
自分の価値観で差別だと思う事も時に受け入れる必要があるのです。
それは相手にとっては差別ではないのですから。
それはとても難しい事です。
どちらが相手をより尊重すればいいのか、なかなか答えが出せないものです。
だから今の世界は、国というもので分けられています。
アメリカという国ではアメリカ人の価値観に合わせて行きましょう。
日本では日本人の伝統文化を守っていきましょう。
そういう事なのです。

何でも尊重する必要はありません。
人間と認めて殺さなければ差別にならないわけでもありません。
その間のバランスは、人それぞれ考え方が違うので、どちらをどの程度認めるのか、バランス感覚が大切なのです。
理由とその差を比べて、色々な視点から見て結論を出さなけばいけません。
『差別』と批判する前に、相手の考えやそれぞれの能力を『尊重』する気持ちも多少は持って、考えて欲しいものです。
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